英仏戦争の戦費調達

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本ページでは…

 本ページでは、信用創造を行なって戦費を調達したイギリスと信用創造を行なわずに戦費を調達したフランスの戦争である「英仏戦争」について調べ、信用創造の実施の有無が戦争の勝敗を決定づけたことを見る。また、この例から信用創造の重要性と注意点を確認する。

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 前ページでは、イングランド銀行はイングランド王国政府の銀行として許可された民間の銀行であり、戦争の費用の調達のために設立された歴史を見る。また、イングランド銀行はゴールドスミスが行なっていた信用創造を行ない、世界で初めて中央銀行システムを確立したことを確認する。

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内容

銀行券と金の交換禁止令

 信用を確立したイングランド銀行だが、英仏戦争中の1797年に「フランス軍がイギリス領土のフィッシュガードに侵攻したニュース」がロンドンに伝わり、多くの人が「取り付け騒ぎが起こるのでは?」と思い、銀行に駆け込んだ。

 このとき銀行券は1,087万ポンド分が出回っていたが、イングランド銀行が保有している金は半分の532万ポンドほどしかなかった。このまま取り付け騒ぎが続くと、イングランド銀行は破産してしまうため、イギリス政府は銀行券と金の交換を禁止した。

 国民は銀行券が金と交換できなくなって「大変だー」と騒いだが、新聞のタイムズ紙が国民全員に「銀行券を取引で使い続けましょう」と協力を呼びかけ、銀行家や財界人が中心となって協力したため、騒ぎは収まった。

 交換が禁止されたことによって取り付け騒ぎの心配がなくなったことから、イングランド銀行はフランスとの戦争費用調達のためにさらなる銀行券を発行し、保管している金貨を同盟国に提供していった。この時の銀行券は金銀との交換を約束されていないため、兌換紙幣と異なり、不換紙幣と呼ぶ。

 その結果、出回っている銀行券は2840万ポンド分あったにも関わらず、イングランド銀行が保管している金は220万ポンドしかなくなった。

 戦費や武器の需要が増えて銀行券の流通量が増えたため、銀行券の価値は下がり、賃金や物価は上昇した。また、銀行券の価値が下がったことから、外国為替相場は下落した。つまり、インフレーションである。このインフレーションによってイギリスは好景気になり、国民所得は英仏戦争以前と比べて3倍ほどにもなった。

 一方、イギリスと戦っていたフランスは赤字財政には消極的で、負債である国債などの発行を避けた。その結果、国家の財政を黒字にするには国民からお金(硬貨)を回収するしかなく、国民と国家ともども疲弊してしまい、最終的にイギリスに負けてしまった。

 次から、イギリスとフランスの戦費の調達方法の違いをバランスシートで見てみる。

イギリスの戦費調達方法

 例として、イングランド銀行の資本金が100万ポンドあり、戦費が200万ポンド必要だとする。

 資本金が100万ポンドあるときのイングランド銀行のバランスシートは次の通りになる。

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 次に、イギリス王国政府は戦費調達のために200万ポンド分の国債を発行して、イングランド銀行が発行した200万ポンド分の銀行券と交換した。国債は政府にとっては負債となり銀行にとっては資産になる。一方、銀行券は銀行にとっては負債となり政府にとっては資産になり、この時のバランスシートは次のようになる。

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 そして、政府は銀行から受け取った銀行券で、企業から武器を購入したり、徴兵のための人件費に充てた。バランスシートをみると、政府の資産である銀行券が軍や武器になり、国民と企業の資産には銀行券200万ポンドが計上され、同額の200万ポンドが純資産になる。

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 ここはイメージしづらいかもしれないが、徴兵の人件費は兵隊の純資産になり、武器製造会社は武器販売額から材料費と人件費を差し引いた額が純資産になり、武器製造会社で働いている人は人件費が純資産となり、材料を提供した人は材料を自然から採ったため材料販売額が純資産になる。つまり、銀行券200万ポンドと同額が国民と企業の純資産になる。

 イングランド銀行はイギリス王国政府の管理下、つまり一心同体であるため、二つのバランスシートを足し合わせてみる。

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 あれ、借方と貸方に同じ国債が計上されている。つまり、自分から自分に借りている借金なので相殺することができる。ただ、国債は残っている(ここ重要)。よって、以下のようにすっきりする。

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 そして、国民+企業のバランスシートを見比べてみる。

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 あら不思議、資本金は100万ポンドしかなかったにもかかわらず、200万ポンドの軍と武器を調達することができた。そして、最も注目するところは、国が軍と武器を準備できたにもかかわらず、国民+企業の純資産が増えたところである。

フランスの戦費調達方法 

 次に例として、フランス王国政府の純資産が100万フラン、フランス国民と企業の純資産が100万フラン、戦費が200万フラン必要だとしましょう。

 このときのフランス王国政府および国民+企業のバランスシートは次の通りになります。

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 次に、フランス王国政府は戦費調達のために200万フラン必要だが、フランス王国政府がイギリス王国政府と異なり、国債の発行、つまり財政赤字を嫌った。では、どうやって残りの100万フランを集めたのか。そう、増税によって国民や企業から巻き上げた。

 すると、フランス王国政府の資産として100万フランが増えて純資産も100万フラン増える。一方、国民と企業の資産と純資産は100万フラン減った。

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 そして、政府は集めた貴金属(硬貨)で、企業から武器を購入したり、徴兵のための人件費に充てた。イギリスの時と同様、バランスシートをみると、政府の資産である貴金属が軍や武器になり、国民と企業の資産には貴金属200万フランが計上され、同額の200万フランが純資産になる。

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 イギリスの例と同様、資本金は100万フランしかなかったにもかかわらず、200万フランの軍と武器を調達することができ、国民+企業の純資産が200万フラン増えた。とはならない

 イギリスの例とは異なり、国民と企業から100万フランを徴税していたため、100万フランしか増えていない。つまり、国民は200万フランの軍と武器を生み出したにもかかわらず、所得は100万フランしか増えなかった。また、今回の例では政府は100万ポンド足りなかったが、180万ポンド足りなかったら、200万フラン分の労力をしても国民と企業は20万フランしか増えない。

イギリスのその後

 イギリス王国政府は戦費の一部をイングランド銀行が発券した銀行券で調達したため、軍や武器などの需要量は増え、また流通する銀行券が増えたため他のモノやサービスの需要量も増えていった。

 初めの段階として、国民や企業の供給力の限界までは、軍や武器などを含むモノやサービスの需要量が増えても、需要は賄える。そのため、この段階では物やサービスの価格は変わらないが、供給量は増えているため国民や企業の生産性は上がっており、流通している銀行券が増えるため国民の資産も増える。

 次の段階として、国民や企業の供給力の限界を超えて、軍や武器などを含むモノやサービスの需要量が増えると、需要を賄えなくなる。そうなると、モノやサービスの価格は上昇し、相対的に銀行券の価値は減少する。このように、ある一定期間モノやサービスの価格が上昇する現象をインフレーションと言う。英仏戦争時のような緩やかなインフレーション下では、増加する需要を賄うために「設備投資」や「技術改新」による生産性向上が促され、生活水準の向上や所得の増加が起こる。実際に英仏戦争後ではモノやサービスの物価は上がったが、国民や企業の所得(純資産)は英仏戦争前と比べて3倍増以上になり好景気となった。

フランスのその後

 フランス王国政府は戦費を徴税で集めた硬貨で調達したため、軍や武器などの需要量は増えたが、流通する硬貨は変わらないため他のモノやサービスの需要量は減っていった。そうすると、モノやサービスの価格は下落し、相対的に銀行券の価値は増加する。このように、ある一定期間モノやサービスの価格が下落する現象をデフレーションと言う。需要量が減少すると国民の購買意欲も下がり、徴税によって国民は労力に見合う所得も増えなかったため、国も国民も疲弊してしまった。

 このイギリスとフランスの決定的な違いは、まさに「信用創造」を行なったかの違いに起因する。

 イギリスも国民から徴税をして国債を返済すれば、フランスと同じ状況になる。しかし、国債の返済に意味はあるのだろうか。先程も述べたように国債返済にはそれほどの意味は無い。もし国債返済時期になれば、新たな国債を発行して得たお金を国債返済に充てればよい。国債返済に意味があるとすれば、返済のための徴税で市場に出回りすぎたお金の回収をして流通する紙幣の量を調整したり、広がった格差を解消するくらいである。

信用創造の重要性

 戦争のような不測な事態や巨大インフラ投資が必要なときはもちろん、経済を発展させるときには多額のお金が必要になる(この時期に産業革命が起こったのも信用創造のおかげである)。もし信用創造を行なわずにお金を用意するとなると、誰かのお金、ほとんどの場合は国民と企業のお金が回収される。

 一方、信用創造でお金を用意するなら、誰かの負債を増やすだけでよい。多くの場合はイギリス王国政府のように政府が負債を負うべきであり、その理由は、イングランド内で流通する銀行券の発券を担うイングランド銀行がイングランド王国政府の管轄内であったように、国内で流通する紙幣の発券を担う中央銀行は政府の管轄内だからである。

 多くの人は「国の赤字が増える」と思うかもしれない。しかし、赤字である負債は何度も言っているように「お金(貨幣)」であり、今回のイギリスの例では国債と同額の銀行券が国民と企業の手に渡った。

 「でも、国債が残ってる!」という人もいるかもしれない。もし、他人が「自分が債務者である借用書」を持っていたら取り立てられるかもしれないが、今回は債務者が政府である国債を政府管轄の銀行が持っているため、取り立てられることはない。ただ、国債が残るだけである。

 イギリスの例で、王国政府+銀行のバランスシートと民間+企業のバランスシートを合わせてみる。民間と企業は「債務者が国である銀行券」を持っているが、民間と企業が銀行に負債を取り立てる代わりに、王国政府が国民と企業のために他国から軍と武器で防衛していると捉えることができる。

 ひとつ考えられることとしては、国民と企業が持っている銀行券を金に交換しに行くと、出回っている銀行券分の金がイングランド銀行にはないため、取り付け騒ぎになるかもしれない。でも、先ほども言ったように、イングランド銀行は銀行券と金との交換を禁じていた(不換紙幣である)ため、騒ぎは起きなかった。

信用創造の注意点

 信用創造の注意点として、いくらでも紙幣を発行していい訳では無い。例えば、紙幣を大量に新規発行して国民+企業の供給力を需要が大幅に上回ると、モノやサービスの価格は大幅に上昇し、紙幣の価値は大幅に下落する。

 国内で賄えきれない需要を海外からの輸入で賄えば良いのでは?という意見もあるかもしれない。しかし、国内で需要を賄いきれない状態では、輸出する余裕も当然なくなって貿易赤字となるため、自国通貨安となって状況は同じである。

 以上より、不測の事態に耐えながら経済を発展させるために必要なことは、政府が「国内+企業の供給力に見合う紙幣を信用創造で発行すること」と「海外品よりも自国品を購入すること」、国内+企業が「設備投資や技術改新によって供給力を高めること」である。フランスのように国債発行や信用創造を避けることは得策ではない。

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 次ページでは、英仏戦争によって不換紙幣になった銀行券を兌換紙幣に戻して金本位制が制定されたこと、また、第1次世界大戦および世界恐慌にて金本位制が機能不全になったことを見る。また、金本位制の下では有効な金融政策が打てないことを国際金融のトリレンマから確認する。


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