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本ページでは、量子力学において複素数を用いるのは単なる計算上のテクニックではなく、実数波では説明できない現象があり、複素波でなければならない理由を見ていく。
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前々ページでは、エネルギー\(E\)とハミルトニアン\(H\)に関する固有値方程式
\begin{align*}i\hbar\frac{\partial }{\partial t}\varPsi=H\varPsi\tag{1}\\\hat H\varPsi=H\varPsi\tag{2}\end{align*}
から、時間に依存するシュレーディンガー方程式
\begin{align*}i\hbar\frac{\partial}{\partial t} \varPsi=\hat H\varPsi\tag{3}\end{align*}
を導いた。
内容
複素波の理由
量子力学において、実数波ではなく複素波でなければならない理由をみてみる。
波動方程式
\begin{align*}\frac{\partial^2 \varPsi}{\partial t^2}&=u^2\Delta\varPsi\tag{4}\end{align*}
は二階の偏微分方程式であるため、二階微分で元の関数が現れる三角関数(実数波)でも、一階微分で元の関数が現れる指数関数(複素波)でも、どちらも波動方程式の解となる。しかし、量子力学において、運動量演算子\(\hat {\boldsymbol p}=-i\hbar\nabla\)は一階微分であるため、二階微分で元の関数が現れる三角関数は、運動量演算子\(\hat{\boldsymbol p}\)の固有値方程式
\begin{align*}\hat {\boldsymbol p} \varPsi=\boldsymbol p\varPsi\tag{5}\end{align*}
の解とはならない。
運動量演算子\(\hat {\boldsymbol p}=-i\hbar\nabla\)を二回作用させれば二階の偏微分方程式となるため、そのような固有値方程式
\begin{align*}\hat {\boldsymbol p}^2 \varPsi=\boldsymbol p^2\varPsi\tag{6}\end{align*}
では三角関数も解となる。
しかし、この時の固有値は運動量の二乗\(\boldsymbol p^2\)になっているため、運動量の向きの情報はなくなってしまっている。つまり、複素波は運動量(または速度)の向きの情報はあるが、実数波は運動量(または速度)の向きの情報が無くなっているため、量子力学では複素波でなければならない。
初期条件について
ではなぜ、複素波には運動量(または速度)の向きの情報が含まれており、実数波には運動量(または速度)の向きの情報が含まれていないのだろうか。これについては、運動方程式の初期条件に関係がある。
ニュートン力学では、力学変数は\(x\)で、ニュートンの運動方程式\(m\ddot x = F\)が基本方程式である。基本方程式が二階の微分方程式のため、初期条件の\(x(t=0)\)と\(\dot x(t=0)\)が必要である。一方、量子力学では、力学変数は\(\varPsi( q,t)\)で、シュレーディンガー方程式\(\hat H \varPsi=i\hbar\frac{\partial }{\partial t}\varPsi\)が基本方程式であり、基本方程式は一階の微分方程式のため、初期条件の\(\varPsi( q,t=0)\)が必要である。
速度\(\dot x\)そのものが初期条件であるニュートン力学と異なり、量子力学では\(\varPsi( q,t=0)\)が初期条件のため、\(\varPsi( q,t=0)\)に速度の情報がなれけば導かれる式にも情報が無いままである。
実数平面波の初期条件
実数平面波の初期条件\(\varPsi( q,t=0)\)に速度の情報が無いことは次のように確認できる。ここでは、表記をシンプルにするために、\(\hbar=1\)とする。次の2つの実数平面波
\begin{align*}\varPsi'( q,t)&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)\tag{7}\\\varPsi'{}'( q,t)&=a\cos\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et-\delta\right)\tag{8}\end{align*}
は進む方向が真逆の実数平面波であるが、それぞれの初期条件は
\begin{align*}\varPsi'( q,t=0)&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)\tag{9}\\\varPsi'{}'( q,t=0)&=a\cos\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-\delta\right)\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)\tag{10}\end{align*}
となり、\(\cos\)関数の性質により2つの初期条件は全く同じになる。このことは、実数平面波において、1つの初期条件が与えられた時に速度が定まらない、つまり、初期条件\(\varPsi( q,t=0)\)に速度の情報が無いことを示している。
複素平面波の初期条件
次に、複素平面波の初期条件\(\varPsi( q,t=0)\)に速度の情報があることを確認する。次の2つの複素平面波
\begin{align*}\varPsi'( q,t)&=ae^{i\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)}\tag{11}\\\varPsi'{}'( q,t)&=ae^{i\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et-\delta\right)}\tag{12}\end{align*}
は進む方向が真逆の実数平面波であるが、それぞれの初期条件は
\begin{align*}\varPsi'( q,t=0)&=ae^{i\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)}\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)+ai\sin\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)\tag{13}\\\varPsi'{}'( q,t=0)&=ae^{i\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-\delta\right)}\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)-ai\sin\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)\tag{14}\end{align*}
となって、実数部は同じだが虚数部が異なるため、二つの複素平面波の区別がつく。このことは、複素平面波において、1つの初期条件が与えられた時に速度が定まる、つまり、初期条件\(\varPsi( q,t=0)\)に速度の情報が含まれていることを示している。
なぜ複素平面波に速度の向きの情報が含まれているかは、2つの複素平面波を次のように変形するとわかる。
\begin{align*}\varPsi’&=ae^{i\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)}\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)+ai\sin\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)+ai\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\frac{\pi}{2}+\delta\right)\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\delta\right)+ai\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-E\left(t-\frac{\pi}{2E}\right)+\delta\right)\tag{15}\\\varPsi'{}’&=ae^{i\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et-\delta\right)}\\&=a\cos\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et-\delta\right)+ai\sin\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et-\delta\right)\\&=a\cos\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et-\delta\right)+ai\cos\left(-\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-Et+\frac{\pi}{2}-\delta\right)\\&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+Et+\delta\right)+ai\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+E\left(t-\frac{\pi}{2E}\right)+\delta\right)\tag{16}\end{align*}
虚数部分は実数部分の\(\frac{\pi}{2E}\)だけ未来の波形を表しており、\(t=0\)の初期条件
\begin{align*}\varPsi'( q,t=0)&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)+ai\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\frac{\pi}{2}+\delta\right)\tag{17}\\\varPsi'{}'( q,t=0)&=a\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q+\delta\right)+ai\cos\left(\boldsymbol p\cdot\boldsymbol q-\frac{\pi}{2}+\delta\right)\tag{18}\end{align*}
においても複素部のおかげで進行方向の情報が含まれていることになる。これは平面波に限ったことではなく球面波などの他の波動でも同様である。
複素波の理由まとめ
以上より、速度が初期条件にならない量子力学において初期条件に進行方向の情報を付け加えるには、実数部と虚数部のように、二成分の自由度が必要であることが分かる。そのため、複素数を使うのではなく、実数で二つの自由度を作る方法もあるのではと思いたくなる。しかし、その場合は次の行列
\begin{align*}\boldsymbol A=\left(\begin{array}{c}0 & -1\\ 1 & 0\end{array}\right)\tag{19}\end{align*}
を用いて表され、この行列は
\begin{align*}\boldsymbol A^2=-\boldsymbol I\tag{20}\end{align*}
を満たすため本質的には複素数表現と等価である。
まとめると、複素波は単なる計算上のテクニックではなく、実数波では説明できない現象があり、複素波でなければならない。そのため、量子力学以外の分野では「現実の波は実数部分のため、複素波の虚数部分は無視する」ことは正しいが、量子力学においては完全に間違いであり、複素数は必須である。
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次ページでは、時間に依存するシュレーディンガー方程式を変数分離して、時間に依存しないシュレーディンガー方程式を導出する。
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