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本ページでは、紙幣は硬貨の不便さから生まれた貨幣であり、最古の紙幣である交子の例から紙幣は負債であることを確認する。また、銀行預金も紙幣と同様に負債となる貨幣であることを確認する。
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前々ページでは、お金の種類は大きく分けて、硬貨と紙幣、そして銀行預金からなることを確認した。
また、前ページでは、硬貨は物々交換の不便さから生まれた貨幣であり、硬貨は負債ではなく純資産であることを確認した。
内容
硬貨のデメリット
物々交換への不満から生まれた硬貨だが、硬貨も万能ではなく、新たに次のデメリットがわかってきた。
一つ目に金属の重さである。金の密度は水の密度の19.32倍もあり、金属と同価値の穀物や家畜に比べると軽いが、大量に運搬すると大変になる。
そして、二つ目に摩耗による減価が問題になった。現代の硬貨は高硬度の合金が使われているが、昔は硬貨の硬度が低かったため、取引中に硬貨がぶつかって多くが削れて摩耗していった。
紙幣の誕生
中国北宋時代(970年~1127年)、中国の四川地方以外では銅貨が使われていたが、四川地方では鉄でできた硬貨の「鉄貨」が使われていた。鉄貨が使われていた理由は二つあり、一つは、四川地方では銅よりも鉄が多く産出していたから、そして、もう一つは四川地方近くに敵国があったため、攻められて硬貨が奪われてもいいように、銅貨よりも価値の低い鉄貨の使用が強制されていた。
鉄貨は銅貨と比べて10分の1の価値しかないため、鉄貨は銅貨の量の10倍持ち運ぶ必要がある。これではさすがに大変なため、四川地方にある交子舗(こうしほ)と呼ばれる民間の組合が鉄貨を預かって、預り証の「交子」を発行し、交子が硬貨である鉄貨の代わりに流通し始めた。そう、この交子が世界初の「紙幣」になる。
紙幣は負債である
交子について図でまとめると以下のようになる。
町人は重い鉄貨を交子舗に預け、町人は預けた証拠として交子舗から「交子」を受け取る。
町人は鉄貨を預けているので預け人であり、交子舗は鉄貨を預かっているので預かり人になる。言い方を変えると、町人は交子舗に鉄貨を貸しているため貸付人・債権者であり、交子舗は町人から鉄貨を借りているため借入人・債務者になる。
そして、交子には「債務者である交子舗は、預かった鉄貨を債権者である交子所有者に引き渡す義務」が書かれている。ここで、負債の定義は「将来、他の経済主体に対して、金銭などを引き渡す義務」であるため、交子は交子舗の負債になる。そして、交子は紙幣であるため、紙幣は負債になる。つまり、交子舗は交子を渡されたら、鉄貨を引き渡さなければならない。
紙幣が負債であることが分かったが、誰の負債でだろうか。それはもちろん紙幣発行者の負債になる。交子は交子舗が発行するため、交子は交子舗の負債であり、日本円紙幣は日本銀行が発行するため、日本円紙幣は日本銀行の負債になる。
では、紙幣は誰への負債だろうか。実は、紙幣発行者は紙幣の所有者に負債を負っており、紙幣発行時に誰への負債であったかは関係ない。なぜなら、紙幣は流通する負債だからである。
紙幣は流通する負債
たとえば交子をもつ町人Aが、町人Bのもつ人参が欲しいシチュエーションを考える。
もし、紙幣の交子が流通しない負債だとすると、まず、人参を買うときに交子舗に行って交子と鉄貨を交換しなければならない。
そして、交子を鉄貨に交換した後に、鉄貨と人参を交換する。でも、交子は紙幣であり、流通する負債であることから、このように二度手間をかけずに、交子を直接人参と交換しても取引が成り立つ。町人Bは、受け取った交子を交子舗で鉄貨と交換してもいいし、受け取った交子を他の人との取引で使用してもいい。
では銀行預金は?
先ほどの例で紙幣が負債であることがわかった。では、銀行預金はどうだろうか?
先ほどの例では、硬貨の鉄貨を預けると紙幣の交子を受け取っていたが、現代の銀行預金では硬貨や紙幣を預けると銀行預金となって通帳に記帳される。
紙幣である交子は発行した交子舗の負債だったが、銀行預金は銀行の負債になる。なぜなら、銀行は預かった金額を銀行預金所持者に引き渡す義務があるからである。
紙幣は流通する負債だったが、銀行預金はどうだろうか?もちろん、銀行預金が記されている通帳を渡す人はいないが、実は銀行預金も流通する負債になる。なぜなら、銀行口座から別の銀行口座にお金を移すときに、一度お金を引き出して再度お金を預けるわけではないからである。このとき、通帳に記されている預金額が減って、相手口座の預金額が増えているため、銀行預金も流通している。
世界最古の流通する負債
最後に面白い例を見てみる。さきほど、「紙幣は流通する負債であり、交子は最古の紙幣」と述べた。でも、最古の流通する負債は紙幣ではない。
世界最古の流通する負債は、メソポタミア文明のシュメール人が作った粘土板になる。この粘土板には「粘土板の所有者に小麦を借りている」と書かれており、借用書として使われていた。
図で書くと下のようになる。村人Aが村人Bに小麦を貸して、村人Bは村人Aに「村人Bは、粘土板の所有者に小麦を借りている」と書かれた粘土板を渡した。そして、この粘土板は交子などの紙幣と同様、取引に使われていた。
じつはこれがお金のルーツになる。この粘土板は紀元前25世紀に造られたので、硬貨が誕生した時代よりもさらに昔になる。
多くの人は硬貨がお金の始めって思っているが、本来のお金の始まりは硬貨ではない。
お金の本質は?
いったんここでお金(貨幣)についてまとめる。お金は硬貨と紙幣、そして銀行預金の三つに分かれる。そして、流通額は紙幣と銀行預金のほうが圧倒的に多いため、硬貨を無視して紙幣と銀行預金がお金であるとみなしても問題ない。そして、紙幣と銀行預金は負債であるため、お金は負債と見なせる。
そして、先ほどの交子の例や銀行預金の例、粘土板の例から以下の二つがわかった。
一つ目にお金はどんな材質であってもよいということである。紙でできていようが、粘土でできていようが、電子データだろうが、負債であればお金になる。難しい言葉でいうと「債務と債券の記録」でさえできればお金になる。現在では、扱いやすさから紙または電子データに記録されてお金となっている。
二つ目にお金を担保するものは何でも良いということである。多くの人はお金を担保するものは貴金属だと思っているが、貸し借りできるものであれば、金属硬貨だろうが、小麦だろうが、将来の収入だろうが、何でもよいことになる。
以上をまとめると、お金とは、どんな材質か、なにが担保かは関係なく、債務と債券の記録ができれば「お金」になる。ここまでの説明で、「お金は負債である」とイメージできるようになったと思う。
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紙幣や銀行預金の歴史はこれで終わりではなく、人々が「信用創造」に気付くことで、紙幣や銀行預金は大きく成長する。次ページでは、「信用創造」についてゴールドスミスの例から見ていく。そして、紙とペンがあればお金を発行でき、借金をするとお金が生まれて借金を返すとお金が消滅すること、誰かの赤字は誰かの黒字となることを確認する。