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本ページでは…
本ページでは、量子もつれの状態となった合成系の部分系に注目すると純粋状態から混合状態に移行するが、時間とともに重ね合わせは急速に失われていき(コヒーレント項は急速にゼロに近づき)量子デコヒーレンスする現象の緩和と呼ばれる現象を確認する。また、緩和には縦緩和(エネルギー緩和、またはT1緩和)と横緩和(位相緩和、またはT2緩和)が存在することをみる。
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前ページでは、純粋状態で表される複数の部分系が合成系を構成し、ユニタリ変換で表される相互作用を起こして量子もつれとなると、部分系は混合状態となり、部分系において純粋状態から混合状態への変換は非ユニタリ変換となることを確認した。また、純粋状態から混合状態への移行は、重ね合わせ状態から古典的な確率分布への移行であり、この現象が量子デコヒーレンスであることをみた。
内容
縦緩和と横緩和
重ね合わせ状態から古典的な確率分布への移行が量子デコヒーレンスであるが、前回のページの例で確認したように、重ね合わせが完全に失われる訳では無い。ただし、一般的な環境では、時間とともに重ね合わせは急速に失われていき(コヒーレント項は急速にゼロに近づき)、この現象を緩和という。緩和には縦緩和(エネルギー緩和、またはT1緩和)と横緩和(位相緩和、またはT2緩和)があり、核磁気共鳴の分野では前者はスピンー格子緩和、後者はスピンースピン緩和とも呼ばれる。
異なるサンプルや異なる環境下では異なる緩和時間を持っているため、この性質を応用したものがNMRやMRIである。
横緩和(位相緩和)
通常、縦緩和よりも横緩和の方が早く起こるため、初めに横緩和について述べる。横緩和とは、ある粒子\(\varPsi\)の純粋状態がいくつかの状態の重ね合わせであるとき、粒子\(\varPsi\)が周囲の粒子達と相互作用して量子もつれを起こして、部分系\(\varPsi\)に注目すると時間とともに粒子\(\varPsi\)の重ね合わせが無くなる現象を言う。
横緩和の例として、粒子のスピンを取り上げる。ここでは、上向きスピンの純粋状態\(\vert \!\uparrow\rangle\)と下向きスピンの純粋状態\(\vert \!\downarrow\rangle\)を
\begin{align*}\vert \!\uparrow\rangle&=\left(\begin{array}{c}1\\0\end{array}\right)\tag{1}\\\vert \!\downarrow \rangle&=\left(\begin{array}{c}0\\1\end{array}\right)\tag{2}\end{align*}
と定義する。
初めに、ある粒子\(\varPsi\)のスピンが上向きスピンの状態\(\vert\!\uparrow\rangle\)と下向きスピンの状態\(\vert\!\downarrow\rangle\)の重ね合わせ状態
\begin{align*}\vert\varPsi\rangle&=\alpha\vert\!\uparrow\rangle+\beta\vert\!\downarrow\rangle\\&=\left(\begin{array}{c}\alpha\\\beta\end{array}\right)\tag{3}\end{align*}
であるとすると、このときの密度行列\(\rho\)は
\begin{align*}\rho=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&\alpha^*\beta\\\alpha\beta^*&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\tag{4}\end{align*}
となる。この粒子\(\varPsi\)が孤立系に存在するなら、重ね合わせの状態は常に保存されるが、通常の環境には多数の粒子が存在し、それらの粒子は非均一的な磁場をつくり、粒子\(\varPsi\)のスピンと相互作用して量子もつれの状態である合成系を作る。この合成系において部分系\(\varPsi\)に注目すると混合状態になっているはずであり、混合状態の密度行列\(\rho’\)は測定される可能性のある純粋状態の密度行列\(\rho_\theta\)と測定される確率\(p_\theta\)を用いて
\begin{align*}\rho’&=\sum_\theta p_\theta\rho_\theta\\&=\int d\theta\ p_\theta\rho_\theta\tag{5}\end{align*}
と表すことができた(変数\(\theta\)が離散的なときは1行目となり、連続的なときは2行目となる)。測定される可能性のある純粋状態としては、位相が\(\theta\)だけ異なる状態
\begin{align*}\vert\varPsi_\theta\rangle&=\alpha\vert\!\uparrow\rangle+\beta e^{i\theta}\vert\!\downarrow\rangle\\&=\left(\begin{array}{c}\alpha\\\beta e^{i\theta}\end{array}\right)\tag{6}\end{align*}
が存在し、その密度行列
\begin{align*}\rho_\theta&=\vert\varPsi_\theta\rangle\langle\varPsi_\theta\vert\\&=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&\alpha\beta^* e^{-i\theta}\\\alpha^*\beta e^{i\theta}&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\tag{7}\end{align*}
とその状態が観測される確率\(p_\theta\)を用いて、合成系の混合状態の密度行列\(\rho’\)は
\begin{align*}\rho’&=\int d\theta\ p_{\theta}\rho_\theta\\&=\int d\theta\ p_{\theta}\vert\varPsi_\theta\rangle\langle\varPsi_\theta\vert\\&=\int d\theta\ p_{\theta}\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&\alpha\beta^* e^{-i\theta}\\\alpha^*\beta e^{i\theta}&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\\&=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&\alpha\beta^*\int d\theta\ p_{\theta}e^{-i\theta}\\\alpha^*\beta\int d\theta\ p_{\theta}e^{i\theta}&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\tag{8}\end{align*}
と表される。
※※※式(8)において、4行目への変換では次の関係
\begin{align*}\int d\theta\ p_\theta=1\tag{9}\end{align*}
を用いた。※※※
もし、確率分布\(p_\theta\)がガウス分布
\begin{align*}p_\theta=\frac{1}{\sqrt{2\pi}\sigma}e^{-\frac{1}{2}\left(\frac{\theta}{\sigma}\right)^2}\tag{10}\end{align*}
で表されると、コヒーレント項(非対角成分)に現れる次の数は
\begin{align*}\int d\theta\ p_{\theta}e^{\pm i\theta}&=\int d\theta\ \frac{1}{\sqrt{2\pi}\sigma}e^{-\frac{1}{2}\left(\frac{\theta}{\sigma}\right)^2}e^{\pm i\theta}\\&=e^{-\frac{1}{2}\sigma^2}\int d\theta\ \frac{1}{\sqrt{2\pi}\sigma}e^{-\frac{1}{2}\left(\frac{\theta}{\sigma}\mp i\sigma\right)^2}\\&=e^{-\frac{1}{2}\sigma^2}\int \sigma d\theta’\ \frac{1}{\sqrt{2\pi}\sigma}e^{-\frac{1}{2}\theta’^2}\\&=e^{-\frac{1}{2}\sigma^2}\tag{11}\end{align*}
と計算でき、混合状態の密度行列\(\rho’\)は
\begin{align*}\rho’&=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&\alpha\beta^* e^{-\frac{1}{2}\sigma^2}\\\alpha^*\beta e^{-\frac{1}{2}\sigma^2}&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\tag{12}\end{align*}
となる。この式より、横緩和では、時間が経ち分散\(\sigma^2\)が大きくなるにつれて、次のように指数関数的にコヒーレント項がゼロに近づくことが分かる。
\begin{align*}\rho’&=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&0\\0&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\tag{13}\end{align*}
この現象は、複数の粒子と相互作用する環境では、時間が経つにつれて\(\theta\)が様々な値を取り、平均化されてコヒーレント項がゼロになって重ね合わせが無くなると捉えられる。このように、横緩和では位相が異なる状態の密度行列の和によって緩和が起こるため、位相緩和と呼ばれる。
※※※式(11)において、3行目の等号では\(\theta’=\frac{\theta}{\sigma}+\mp i\sigma\)の置き換えをし、4行目の等号ではガウス積分の公式
\begin{align*}\int d\theta’\ \frac{1}{\sqrt{2\pi}}e^{-\frac{1}{2}\theta’^2}=1\tag{14}\end{align*}
を用いた。※※※
核磁気共鳴の分野において、横緩和の信号強度が初期値の\(1/e\)まで減少する時間を横緩和時間\(T_2\)(スピン-スピン緩和時間)という。
縦緩和(エネルギー緩和)
通常、縦緩和よりも横緩和の方が早く起こるため、縦緩和は横緩和した後に起こる。
縦緩和の例として、再度、粒子のスピンを取り上げる。横緩和した後の混合状態は
\begin{align*}\rho’&=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&0\\0&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\tag{13}\end{align*}
であり、上向きのスピン\(\vert\!\uparrow\rangle\)と下向きのスピン\(\vert\!\downarrow\rangle\)が\(\vert\alpha\vert^2\)と\(\vert\beta\vert^2\)の確率で測定される混合状態にある。もし、この確率がボルツマン分布に従っているのなら縦緩和は起きないが、ボルツマン分布に従っていないのなら\(\vert\alpha\vert^2\)と\(\vert\beta\vert^2\)の値は徐々に変化し、ボルツマン分布に従う確率\(\vert\alpha’\vert^2\)と\(\vert\beta’\vert^2\)になるようになる。
\begin{align*}\rho’&=\left(\begin{array}{c}\vert\alpha\vert^2&0\\0&\vert\beta\vert^2\end{array}\right)\rightarrow\left(\begin{array}{c}\vert\alpha’\vert^2&0\\0&\vert\beta’\vert^2\end{array}\right)\tag{15}\end{align*}
この過程が縦緩和であり、エネルギー変化を伴うためエネルギー緩和とも呼ばれる。
核磁気共鳴の分野において、縦緩和の信号強度が初期値の\(1/e\)まで減少する時間を縦緩和時間\(T_1\)(スピン-格子緩和時間)という。
次ページから…
次ページでは、合成系が量子もつれとなると部分系は混合状態となり、部分系において純粋状態から混合状態への変換は非ユニタリ変換となったが、この非ユニタリ変換を表すクラウス演算子を導出する。
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