観測問題

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本ページでは…

 本ページでは、観測問題を間接測定の面から眺め、意識とは関係ないことを見る。

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前ページでは、測定対象粒子と装置をユニタリ演算子によって量子もつれ状態にして、混合状態となった装置の部分系に射影測定を行なう間接測定をみた。

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内容

観測問題

以前ページでも述べたが、重ね合わせの状態の波動関数がひとつの固有関数に変化する「波動関数の収縮」は長らく量子力学の解決すべき課題として扱われており、観測問題と呼ばれている。しかし、以前ページで見たように、条件が違う時の波動関数を比較していることがそもそも問題であり、本来は不思議では全くない。これはサイコロの確率と同じであり、サイコロを振る前はそれぞれの目が出る確率は\(\frac{1}{6}\)であるが、サイコロを振り終わればある目が出る確率が\(1\)となることと同じことである。

 本ページでは、観測問題を間接測定の面から眺めてみる。

測定とは

 量子力学において測定とはほとんどの場合間接測定である。

前ページの復習になるが、間接測定は次の4ステップからなる。

①測定対象粒子\(\varPhi\)の純粋状態\(\vert\varPhi\rangle\)と装置\(\varPsi\)の純粋状態\(\vert\varPsi\rangle\)から合成系

\begin{align*}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle\end{align*}

が作られる。

②合成系はユニタリ演算子\(\hat{\boldsymbol U}\)で表される相互作用によって、量子もつれの状態

\begin{align*}\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle=\hat{\boldsymbol U}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\hat{\boldsymbol U}(\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle)\end{align*}

となる。

③部分系である装置\(\varPsi\)に注目する。これは部分トレースをとる操作に相当し、部分系である装置\(\varPsi\)は混合状態になっている。

④部分系である装置\(\varPsi\)に対して射影測定を行なう。このとき、部分系は混合状態であり、古典的な確率分布で測定値が得られる。得られた測定値からは混合状態である部分系\(\varPsi\)の状態が分かり、この部分系\(\varPsi\)の状態から量子もつれ前の部分系\(\varPhi\)における純粋状態\(\vert\varPhi\rangle\)を推測する。

 間接測定において、もし、測定対象の粒子\(\varPhi\)と装置\(\varPsi\)が作る合成系に射影測定すると重ね合わせを含む純粋状態として測定できるが、通常は合成系を構成する粒子は多数に及ぶため合成系全体に射影測定することは難しく、部分系に射影測定するしかない。

 合成系の時間変化はユニタリ演算子によるユニタリ変換するためシュレーディンガー方程式に従うが、部分系の時間変化はクラウス演算子による非ユニタリ変換するためシュレーディンガー方程式に従わない(以前のページ参照)。重ね合わせの状態の波動関数がひとつの固有関数に変化する「波動関数の収縮」は、合成系における話ではなく、部分系における話であるため、シュレーディンガー方程式に従わないこのような波動関数の収縮が起きても全く不思議では無い。

測定の例

前ページでは間接測定の例としてミクロな現象を取り上げたが、本ページではマクロな現象を取り上げる。

例1

 1つ目の例として、光子をスクリーンに投影して位置測定を行なっていた二重スリットの実験を取り上げる。実験ではスクリーンに光電子倍増管が用いられており、アルカリ金属などから構成される光電面\(\varPsi\)と光子\(\varPhi\)との相互作用を用いて位置測定をしていた。詳細には、次のようになる。

①まず、光子\(\varPhi\)と光電面を構成するアルカリ金属原子\(\varPsi\)とが合成系

\begin{align*}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle\end{align*}

をつくる。

②アルカリ金属原子\(\varPsi\)に光子\(\varPhi\)が吸収されて励起された電子が放出される光電効果の過程で、光子\(\varPhi\)とアルカリ金属原子\(\varPsi\)とが、ユニタリ演算子\(\hat{\boldsymbol U}\)で表される相互作用をして、量子もつれの状態となる。

\begin{align*}\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle=\hat{\boldsymbol U}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\hat{\boldsymbol U}(\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle)\end{align*}

③合成系\(\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle\)は純粋状態であるが、アルカリ金属原子の部分系\(\varPsi\)に注目すると混合状態になっている。アルカリ金属原子\(\varPsi\)は、アルカリ金属原子同士はもちろん、環境や装置に存在する他の粒子とも量子もつれの状態となっているため、アルカリ金属原子\(\varPsi\)の混合状態は緩和によって急速に量子デコヒーレンスし、アルカリ金属原子\(\varPsi\)の部分系に注目すれば、どこのアルカリ金属原子で光電効果が起こるかについては古典的な確率分布に完全に移行している(再度注意だが、合成系は純粋状態のままであり、合成系に注目すれば、どこのアルカリ金属原子で光電効果が起こるかは重ね合わせで表現されている)。

④放出された電子が光電子倍増管の回路を流れるが、光電子倍増管の光電面に光子\(\varPhi\)を当てて光電効果によって電子が流れるように装置を組み立てていることが部分系の装置\(\varPsi\)への射影測定に該当し、どの光電子倍増管の回路を電子が流れるかは古典的な確率分布に従う。そして、流れた回路から光子\(\varPhi\)がどの位置に存在したかの測定結果を得る。得られた測定結果からは混合状態である部分系\(\varPsi\)の状態が分かり、この部分系\(\varPsi\)の状態から量子もつれ前の部分系\(\varPhi\)における純粋状態\(\vert\varPhi\rangle\)を推測する。

 以上が、光子の位置測定において、量子力学の特徴である重ね合わせの現象が古典的な確率分布となる過程である。何度も注意しているが、合成系全体で見れば重ね合わせの状態は維持しているが、部分系に注目すると混合状態になっており、部分系に射影測定をすると古典的な確率分布となる。別の見方をすると、今回のような光電子倍増管を設置して光子の位置を特定しようとする行為は「部分系への注目」である。一方、この実験で重ね合わせの状態を測定できる装置を設置したのならば、「部分系への注目」ではなく「合成系への注目」であり、重ね合わせの状態を測定することができる(ただ、先程も述べたように、合成系全体を測定することは普通は困難である)。つまり、「部分系への注目」は「部分系への射影測定」と同義である。

例2

 例1に似た例として、ヤングの実験を取り上げる。ヤングの実験ではスクリーンに感光板が用いられており、ハロゲン化銀から構成される感光板\(\varPhi\)と光子\(\varPsi\)との相互作用を用いて位置測定をしていた。詳細には、次のようになる。

①まず、光子\(\varPhi\)と感光板を構成するハロゲン化銀\(\varPsi\)とが合成系

\begin{align*}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle\end{align*}

をつくる。

②ハロゲン化銀\(\varPsi\)に光子\(\varPhi\)が吸収されて励起された電子がハロゲン化銀結晶にある感光核(格子欠陥やドープ原子)に捕捉され、そこでハロゲン化物イオンから銀イオンへ電子が流れて銀原子とハロゲン原子が生じる。

2AgX→2Ag+X2

この光反応の過程で、光子\(\varPhi\)とハロゲン化銀\(\varPsi\)とが、ユニタリ演算子\(\hat{\boldsymbol U}\)で表される相互作用をして、量子もつれの状態となる。

\begin{align*}\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle=\hat{\boldsymbol U}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\hat{\boldsymbol U}(\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle)\end{align*}

③合成系\(\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle\)は純粋状態であるが、ハロゲン化銀の部分系\(\varPsi\)に注目すると混合状態になっている。ハロゲン化銀\(\varPsi\)は、ハロゲン化銀同士はもちろん、環境や装置に存在する他の粒子とも量子もつれの状態となっているため、ハロゲン化銀\(\varPsi\)の混合状態は緩和によって急速に量子デコヒーレンスし、ハロゲン化銀\(\varPsi\)の部分系に注目すれば、どこのハロゲン化銀で光反応が起こるかについては古典的な確率分布に完全に移行している(再度注意だが、合成系は純粋状態のままであり、合成系に注目すれば、どこのハロゲン化銀で光反応が起こるかは重ね合わせで表現されている)。

④光反応で生じた銀原子が結晶をつくり析出するが、感光板に光子\(\varPhi\)を当てて光反応によって銀結晶が析出するように装置を組み立てていることが部分系の装置\(\varPsi\)への射影測定に該当し、どの位置で銀結晶が析出するかは古典的な確率分布に従う。そして、析出した位置から光子\(\varPhi\)がどの位置に存在したかの測定結果を得る。得られた測定結果からは混合状態である部分系\(\varPsi\)の状態が分かり、この部分系\(\varPsi\)の状態から量子もつれ前の部分系\(\varPhi\)における純粋状態\(\vert\varPhi\rangle\)を推測する。

 例1と同様にこの例も、光子の位置測定において、量子力学の特徴である重ね合わせの現象が古典的な確率分布となる過程である。重要なことなので以下のことを再度述べる。合成系全体で見れば重ね合わせの状態は維持しているが、部分系に注目すると混合状態になっており、部分系に射影測定をすると古典的な確率分布となる。別の見方をすると、今回のような感光板を設置して光子の位置を特定しようとする行為は「部分系への注目」である。一方、この実験で重ね合わせの状態を測定できる装置を設置したのならば、「部分系への注目」ではなく「合成系への注目」であり、重ね合わせの状態を測定することができる(ただ、先程も述べたように、合成系全体を測定することは普通は困難である)。つまり、「部分系への注目」は「部分系への射影測定」と同義である。

測定とならない例

 測定対象の粒子\(\varPhi\)を装置\(\varPsi\)と相互作用させて量子もつれの状態にし、部分系である装置\(\varPsi\)に注目すると測定行為になったが、もし部分系に注目しなければ測定行為に当たらない。「部分系への注目」と「部分系への射影測定」は同義であるため、言い換えると、部分系に射影測定を行わなければ測定行為に当たらない。

 その例としては、光子の鏡面反射があり、光子が鏡面で反射する際に、鏡面を構成する金属と光子は量子もつれの状態になるが測定にはならない。詳細には、次のようになる。

①まず、光子\(\varPhi\)と鏡面を構成する鏡面金属\(\varPsi\)とが合成系

\begin{align*}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle\end{align*}

をつくる。

②鏡面金属\(\varPsi\)に光子\(\varPhi\)が吸収されて励起された電子が基底状態に戻るときに光子を放出する。この反射の過程で、光子\(\varPhi\)と金属鏡面\(\varPsi\)とが、ユニタリ演算子\(\hat{\boldsymbol U}\)で表される相互作用をして、量子もつれの状態となる。

\begin{align*}\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle=\hat{\boldsymbol U}\vert\varPsi,\varPhi\rangle=\hat{\boldsymbol U}(\vert\varPsi\rangle\otimes\vert\varPhi\rangle)\end{align*}

③合成系\(\vert\varPsi’,\varPhi’\rangle\)は純粋状態であるが、鏡面金属の部分系\(\varPsi\)に注目すると混合状態になっている(再度注意だが、合成系は純粋状態のままであり、合成系に注目すれば、どこの鏡面金属で反射が起こるかは重ね合わせで表現されている)。

④「反射した光子を検出する光電子倍増管や感光板を反射直後に設置する」であったり、「衝突した光子の運動量によって鏡面位置が変化するように、小さい鏡面を沢山並べる」を行なうと、部分系の装置\(\varPsi\)への射影測定に該当し、どの位置で反射が起こるかは古典的な確率分布に従う。

しかし、このような射影測定に相当するような行為を行わなければ、反射現象は測定にならない。

 今回の例では反射後も光子は重ね合わせの状態を維持するが、例1の光電効果や例2の光反応が起こったあとも合成系で見ると重ね合わせの状態を維持している。重要なことは「部分系に射影測定」を行なっているかの違いである。

測定に意識は関係あるか

 量子力学において、測定と意識は関係がない。もし、測定しようとする意識がなくても粒子が間接測定のステップを踏んだのならそれは「測定行為」であり、もし測定しようとする意識があっても粒子が間接測定のステップを踏んでいなければ「 測定行為」ではない。

 また、このことから、測定器が非生物の機械であろうが、起きている人・寝ている人・酔っ払っている人であろうが、人以外の動物であろうが、粒子が間接測定のステップを踏んだのなら 「測定行為」に該当し、粒子が間接測定のステップを踏んでいなければ「測定行為」には該当しない。


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